まーじブログ

言語学の基礎的,専門的な話や政治思想の話などを徒然なるままに.Twitter: @linguisticmerge

理論言語学と認知言語学の大まかな共通点と相違点

最近一層と寒くなってきました. 皆さんも御身体ご自愛下さい.

そういえば(そういえば という日本語は非常に面白い. 英語では状況に応じてspeaking of whichやらby the wayなどと言うのに対して日本語ではコンテクストの如何に関わらず,そういえばという一言だけを使えばそれで済む),私はよくアルバイト先で外国人のお客様の対応をするとき,決め台詞のように"fever is going around in Japan, so please take care of yourself."と言う癖がある(もちろん,寒い日や風邪が流行っている時にしか言わないし,夏場は単に"thank you for visiting us, I hope we can meet very soon again."などという言葉で会話にパンクチュエーションを打つ).

 

個人的に,英語(やその他諸外国語)学習において,半ば強引に口癖を作ることは非常に有効であると思う. 話を円滑に進めるためにはどうしても必要であるし,母国語において我々が口癖を持っているように,外国語を学ぶ際にも口癖をセットしてもなんら問題はないだろう(ちなみに,日本語で話している際の私の口癖は"やっぱり"で,英語で話している場合には"a sort of"とよく言うそうだ).

とにかく,口癖というのは,個々人の会話を円滑にしてくれる潤滑油のような働きをする上に,その人個人の考え方を反映したものであるがゆえに内省する際の材料にもなる. 他人の口癖を見つけるのが上手い人は人間観察が上手く,従って的確なアドバイスをしてくれることが多い. きっとそういう人は,自己分析もうまいのであろう.

 

 

さて,そろそろ本題に入ろうと思う. "そういえば"のところで既にお気付きの方もいらっしゃるであろうが,私は言語学オタクである. 一口に言語学と言っても,私の専門は生物言語学,進化言語学や理論言語学であり,他にも認知言語学や音声学,音韻論など様々な下位範疇が存在する. 言語学の諸分野を截然と区別することは不可能であると言えよう. なぜならば,諸分野は互いの論を強めたり(時には反駁したり)根拠づけたりする働きがあり,二項対立的な関係にあるわけではないからである. ここでは,もっとも言語という事象を体系的に捉えていると言える理論言語学認知言語学の間に存在する乖離と共通点について話したい. 

 

1. 理論言語学(生成文法統語論)

理論言語学(theoretical linguistics)とは,Chomsky (1957)から盛んとなっている言語学の一分野である. その特徴としては,言語とは人間の脳に突然変異的に生起したものであり,その元来の存在意義は"the instrument of thought"であった. コミュニケーションツールとしての言語の使用はいわば二次的な発明であり,言語の本質を捉えるに当たって言語はコミュニケーションツールであるという固定観念に基づいているソシュール以降のアメリカ構造主義を強く批判したこの論文は,世界中の言語学者のみならず有識者たちを震撼させた. ちなみにチョムスキーは世界中の存命の人間の中で論文や本における索引(された)回数が世界一多いことで有名である. 

理論言語学者達は,言語を科学的に捉え,脳科学や生物学,更には物理学などの他分野と関わりながら言語の本質を探る. その方法はある現象から普遍的な規則を発見し,その規則を用いてあらゆる言語事象を説明しようと試みる演繹的なものである. 生成文法は物理に似ていると言える.

生成文法学者(理論言語学者)は,言語は生得的なものであり,人間の脳の中に言語を司る分野が存在すると主張している(ブローカー失語やウェルニッケ失語をその主張の根拠に使うことが多い).

 

2. 認知言語学(意味論)

認知言語学(cognitive linguistics)とは,George LakoffやRonald Langackerなどに代表される言語学の一分野であり,その特徴はまさに1で説明した生成文法の正反対である.

言語ごとの特徴をそのまま捉え,この言語にはこのような認知的作用が反映されている,という風にいわば帰納的な方法で言語の諸規則を説明し,言語獲得(あるいは言語生得性仮説)とは真逆の,「言語は文化と個々人の環境を反映したものであり,成長と共に人間はあらゆる周りの人間の刺激を受けることで言語を"習得"していく」というのが認知言語学者の考えである. サピアウォーフ仮説(Sapir-Whorf Hypothesis)はそのような考え方の最たる例と言えよう. 簡単にサピアウォーフ仮説を説明すると,「言語は思考や文化を反映したものであり,たとえばイヌイットの言葉には雪を表す単語が7つあるように,その民族や人々の生活の模様や実態を大きく反映しているのである」と言ったところか. 

認知言語学者は私から言わせれば「メタファーオタク」である. あらゆる言語現象をメタファーで説明し,メタファーこそ人間言語の特徴だと言い張る姿勢は正直に言ってあまり理解出来ない.

 

敢えてこのような言い方をするが,理論言語学は理系的であり,認知言語学は文系的と言える.

 

まあそもそも認知言語学というのは生成文法(あるいは理論言語学)に異議ありと言いたくて仕方がなかった人々によって確立された学問であるので,両者が啀み合うのも無理はない. しかし私から言わせてみれば「生成文法vs認知言語学」みたいな単純な対立構造を考える言語学者(沢山いるが)は全く言語の本質をわかっていない無能であり,両者のいいとこ取りをし,さらには他の学問とも整合性を見出した新たな言語学の進展が「言語とは何か?」という普遍的かつ難解な問いへの答えに繋がるのである. 少なくともとも私はそう信じている.

 

となると,両者の共通点,そして乖離に目を向けないわけにはいかない. そこで,今回は生成文法認知言語学の相違点と共通点に目を向けていこうと思う.

 

A. 両者の共通点

まず挙げられるのは,生成文法学者も認知言語学者も,目的は等しくwhat is human language?という問いに答えることである. 手段や考え方に差はあれど,両者の目指す先は同じであるという揺るぎない事実は,両者が手を組むべきであることを最も簡潔に表していよう. 21世紀の科学において,対立意見を全て跳ね除けようとする姿勢そのものが間違っているのだ.

また,両者ともに言語の構造に重点を置いている学問だと言える. この点においては,言語の構造の解明を目指すメソッド,あるいはその道筋が完全に異なるが故にわかり合うことは難しい. 私個人は生成文法派なので,認知言語学における言語構造の捉え方には疑問を感じ続けている. そういう意味では相違点とも言えよう.

 

B. 両者の相違点

先に述べたように,認知言語学生成文法では言語構造を捉える方法が全くと言っていいほど異なっている.

生成文法は,言語の文法構造の普遍性に着目して普遍文法(UG: Universal Grammar)の解明を目指しているが,対して認知言語学は言語構造(あるいは語そのもの)の持つ「意味」に着目をする. 認知言語学の根底にある「言語は生得的なものではなく学習することで得るものである」という考え方に沿ったものである. 生成文法では意味と文法は(ほとんど)切り離して考える. 言語を言語足らしめる唯一無二の存在は文法であり,文法とは全ての人間に等しく突然変異によって与えられた「思考のための道具」であるが故に二次的作用としてコミュニケーションとしての使用が可能となったのだというのが私を含む理論言語学者の主張であり,それに対して「狼に育てられた子供達は文法を持たない言語を話すし,フィリピンの田舎町で日本語を母語とする人間と英語を母語とする人間が会話する際に用いられる言語にも文法は存在しない(このように文法をもたない言語をpidginという. cf: creole.)文法ではなく意味こそが言語を言語足らしめているのだ」と反対するのが認知言語学者である. UGの諸言語への応用にはcritical periodが存在し,0〜6歳までの間に一切の言語インプットがない場合は言語そのものあるいは文法を持たないまま育っても何ら不思議ではないというのが私の見解であるが,話し始めると50ページほどの論文が書けてしまうので割愛させていただく. 

 

C. まとめ

以上,理論言語学認知言語学の共通点と相違点を見てきてわかるように,私は根っからの生成文法派である. だからと言って私が,認知言語学がまるでダメだ,ということでは決してなくて,寧ろ,言語が思考の道具として人間の脳にUGと共に突然変異的に生起したとするならばコミュニケーションツールとして作用するのは当たり前のことであり,それ故に言語の意味的な側面について塾考することも言語脳の解明,言語の生得性の証明に必要不可欠であると思う. 繰り返して言うが,両者のいいとこ取りをした上で,生物学,脳科学,物理学,心理学,社会学,論理学,さらには哲学などといった学問と複雑に関わり合い整合性を見出すことで,学際的な言語学の在り方が見えてくる. このような在り方が,これからの言語学にとって最も重要な形であると言えよう.

そのような在り方を最も簡潔かつ的確に表しているのが,私の専門である生物言語学や進化言語学なのだが,これについてはまた次の機会に書こうと思う.

 

(認知言語学も理論言語学の下位範疇の1つであるが,ここでは筆者の意図で敢えて認知言語学と理論言語学を分けている.)