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言語学などの話をするブログ.

言語学の話と読んだ本、あとは好きな曲の歌詞の話などをします.

日本人は没個性的でつまらない人種?

こんにちは. 最近、22時ごろに寝て3〜4時に目覚め、そこから12時頃まで起きてまた寝て15時ごろに目を覚ますという生活リズムが完成しております. 不眠症というか自律神経の乱れは我々の寿命を縮めますので、少しでも体に異変を感じたら心療内科に行くことをお勧めします.

 

さて、本日は私が常に抱いている、日本人と英語母語話者の間に存在する思考の乖離についてお話をしようと思う.

 

皆さん、自分の好きなバンドなりアイドルなりを思い浮かべて欲しい. あなたは、なぜそのバンドを好きになったのかを説明できるだろうか.

 

多くの方は"嵌ったキッカケは当時の親友(好きだった人、両親、兄弟、親戚など誰でもいい. 要するに自分以外の他人)が好きだったから"と言うだろう. そして大半の日本人にこのような傾向が見られるため、今度は誰かが飽きると自分も飽きるみたいなことが起こる. 日本のバンドやアイドルの人気が俄かなものである一因と言えよう. こういった事実があるにもかかわらず長い間人気を保っているバンドやミュージシャンには、それぞれ卓越した個性が存在する. たとえばスピッツの曲のメロディにはヒーリング効果がある(精神科の先生が言っていてなるほどとなった)し、歌詞は何か詩的で個々人によって全く異なる様々な解釈が可能であるという良さがある. Mr.Childrenの曲は、当たり前だけど、みんなが気づいていなくて、「言われてみればそうだなぁ」となるような歌詞を、キャッチーなメロディに乗せて運んでいるものが多い. 東京事変はメンバー全員がそれぞれ卓越した技巧を駆使し、様々なジャンルの音楽をミックスするという斬新さがあるし、サザンオールスターズはみんなが言いたいけど言えないみたいなことを歌に乗せて代弁してくれる.

 

少々話が逸れたが、押し並べて日本人にはこういう、"あの人が好きと言っているから私も好き"とか、"世界中で評価されてるから良いに違いない、だから私も好き"あるいは"彼が嫌いと言っていたのを聞いてからなんか好きじゃなくなった"みたいな、集団主義的な考え方をする傾向がある. 敢えて悪い言い方をすると没個性的である. しかしそれが日本人のポライトネスを重視する考え方や、自分の幸せと同じくらい他人の幸せを願い、できることをしてあげるなどと言ったいいところを反映しているとも言える. 留学なりワーホリなりで海外に行って所謂"海外かぶれ"になった厚顔無恥で浅薄な人たちは「日本人は没個性的だから良くないわ」などと声高に主張するが、そういう人たちは物事を主観的にしか捉えられない哀れな人種である. 没個性でもなんでも、それが日本人の特徴であり「没個性的という個性」なのであるというただそれだけの話だ.

 

言語学の中の一分野である語用論においてこのような日本人の特徴は取り沙汰されている.

 

Kaplanという心理学者は、日本人は常に周りを気にしながら話をするので、「あ、このことが言いたい. あ、そういえばあれも.」と言うように、1つの話題について話していてもすぐに他の話題について話し始める傾向があるという. この、周りを気にしすぎるという特徴は、先の「集団主義」の話にも通ずることは容易に分かる.

このような日本人の特徴は、日本人が周りを気にするが故に、周りに流されやすいという一般化ができるのではないだろうか.

 

対して、英語話者は、「1つのことに集中しすぎる」傾向がある. 英語の小説を読んでいても、「まずこれについて話す. それが終わったら次はこれについて話す. そのあとはこれ.」という文章構造が見てとれる. 日本人の「あ、これも話したいあれも話したい.」とは正反対のように思われる. 

この事実から分かるように、英語母語話者には、周りをキョロキョロすることなく、一旦自分が決めたことはやり通し、そのあとで他のことを1つずつ終わらせていくというような傾向がある.

この事実は、英語母語話者の「個人主義」的な考え方、信条に基づいている. 自分という個人を最優先すると同時に、他人という個人も尊重するため、多様性を受け入れる体制が、集団の中の個人を重視する日本よりも整っている.

 

この、日本人と英語母語話者たちの、集団主義個人主義に基づく考え方の相違点を考えることは、自分たちが海外の人にはどう見られており、他国の人たちはどのような考え方をするのかということに対する理解が深まり、ひいては異文化理解や外国語力の向上にもつながるのではないだろうか.