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言語学などの話をするブログ.

言語学の話と読んだ本、あとは好きな曲の歌詞の話などをします.

私たちは「買われた」展が孕む問題.

最近何かと話題になっているこの、私たちは「買われた」展であるが、この展示会にはどういう意味があり、それに対してどのような批判がされているのだろうか. 私個人の見解と共にこれらについて今日は倩と述べてみたいと思う.

 

1月に大津で行われたこの展示会には、実は私も参加をさせていただいた. 主催者である仁藤夢乃は、高校時代に何かと辛い思いをし、学業に従事することができず高校を中退したそうだ. その後、ストーカーに性的虐待を受けそうになったことがあるなどということが当人のWikipediaや著作などに書かれている.

そこで1つ気になったのは、彼女が「高校時代にホストとの交流を深め、彼らの誠実なサービス内容がそれが彼女の男性観に強い影響を与えた」という記述である. 

ホストという極めて特殊な男性の"サービス"に影響を受けたというこの事実は、考慮すべきものであろうからここでまず記述しておく.

 

まずこの、私たちは「買われた」展の趣旨は一体何なのであろうか. 簡単に纏めると、

 

1. 売春非行少女たちには辛い過去がある.

2. 売春が跋扈するのは少女たちの問題ではない.

 

の2点であろう.

 

まず、1について考える. 今回の展示会では、生活環境上の理由から「仕方なく」売春に手を出した少女たちに焦点を置いて、彼女たちの無実を謳っているわけであるが、それに対してネットでは「そんなの理由にならない」「こんな展示会で何かをできるくらいの精神ならば売春が良くないということくらいわかるだろう」などという批判が寄せられている. 

 

これに関しては、どちらの主張にも問題がある.

主催側の「少女たちには(押し並べて)辛い過去がある」という意見は完全に間違っている. 売春行為に走る少女の中には、ただ単にお金が欲しいから、性行為そのものに好色を示しているからという理由を持つ者も多く存在する.  そこを考慮に入れず、このような主張をするのは、木を見て森を見ずである. 

とは言っても、仁藤夢乃は意図的にそうしたのかもしれない. というかその可能性が高い. というのも、

https://youtu.be/DNmJ_qv1XMo

この動画を見て分かるように、彼女は「生活に困っている訳でもない子が売春に走る」という事実を重く捉えている*1

恐らく、今回のイベントでは「こういう子もいるんだ. 売春する側にも事情があるケースだってあるんだ」と言いたかったのであろう. ただ、複雑な背景を切り取ってこのような形で大々的に「売春に走る子には辛い過去がある」と謳う展示会を開催すれば、その背景を読み取れずに闇雲に批判をする浅薄な人々が現れることも容易に想像できる. そういう意味では、両者に問題があるわけであるが、寧ろこれは主催側の思慮不足に起因する所が大きいと言えよう. 「それくらい分かるだろう」という姿勢が、省いてはいけない情報までを省き、その帰結として批判を招くことは、アメリカで史上最悪の大統領がついこの間誕生してしまった状況と似ている. 何かを主張するときは、その主張を支える確固たる背景や理由などをはっきりと述べる必要があるのだ. 

 

2については、仁藤夢乃側の主張は概ね正しい. ただ、彼女の問題は、それがただの感情論で終わってしまっている所である. 「彼女たちは悪くないのです.」なるほど、そうかもしれない. だが、So what?という具合に、最も大切な部分が欠けている. 少女たちを守ろうと活動を続けていることは疑いようもなく素晴らしいことであるにも関わらず、具体的に状況を変えようとしていない. それはきっと、仁藤夢乃自身が(本当に失礼を承知で言うが)無知蒙昧であるため、単純に答えを導き出せないからであろう. 

彼女は、この問題を「非行少女問題」ないし「売春問題」の枠でしか捉えていない. 社会の問題だなんだと言っているが、あくまで彼女が目を配っているのはその「社会問題の中での売春問題」である. これは、1について述べた、複雑な背景を切り取っているという問題と共通している. 恐らく彼女がそこまで考えられていないからであろう. 経済的に悲惨な家庭に生まれた少女が非行に走ることは勿論解決すべき問題であり、そこに理屈などは必要ない. だが、その感情論に基づいた意見を支えるための理屈、理論は当然必要である. そこで次は、私個人が思う、この問題を解決する方法を提示する.

 

まずは、「好きで体を売る少女たち」と「そうせざるを得ない環境に置かれた少女たち」を截然と区別することが必要である. 前者を無理やり自分の物差しで測り、売春をする少女として括ろうとするから、「売春が悪いことなんてわかってるから本人が悪い」と言う人たちに対して建設的な反駁ができなくなるのだ. きっちりと、売春問題の解決のために論じられるべきなのは、「ただ身体を売ることそれ自体について」ではなく「身体を売らざるを得ないような複雑かつ悲惨な環境に身を置いた少女が、仕方なくそうしてしまうという事実について」である. 好きで売春をする少女なんて日本中に蔓延っており、そういう人たちは「売春が悪いこと」などと思っていない. 彼女たちに救いの手を差し伸べたところでそれは彼女たちにとっては邪魔でしかないし、余計なお節介である. そういう少女は、言い方は悪いが「放っておけばいい」のである. (売春をする女性の大多数はこういった類の人たちである).

そして、実際に複雑な背景の元で売春をせざるを得ない少女たちを救う方法は簡単ではない. その複雑な背景というものが変わらない限りは、この問題は解決しないためである. そしてその複雑な背景というのは当然社会問題と強く結びついている. より具体的に言えば、生活保護の問題、教育の問題、そして福祉の問題がこのような状況を生み出している. もちろん、親の子育ての方法も大きな要因であろう. 

あまりその存在意義を見出せない(公立及び)私立大学を減らし、残った大学への入学者数を少しずつ増やす. 同時に教員数も増やす. すると自ずと経費等は浮いてくる. 余剰分の金額を生活保護や福祉に回し、大学に進学しなくても職に就ける(パートでもなんでも良い)という事実を広めることで、国としての土台もしっかりとしてくる. 大学は本当に学びたいことがある人や将来の明確な目標がある人たちだけが行けばいい. この国には無駄な大学が多すぎる. そして奨学金無償化も必須であると言える. 奨学金=借金って、どれだけ遅れた国なんだ、日本は. 

それと、仁藤夢乃は、本気でこの問題を解決したいのであれば、もう少し賢くなる努力をするか、賢い人を雇ってその人に実際の活動をさせるべきである. 意気揚々とホストの接客の素晴らしさに感動を覚えたと言っていることや、自身の精神状態が不安定であったから優しさを彼らに求めるしかなかったと言っていることなどを例に取れる. ホストの対応に影響を受けたというのは、自分の非行時代の辛い思い出を振り返って述べたものであろうが、ホストに通うことと当時の精神の薄弱さは全く無関係である. 私自身精神病を患った経験があるから言えることだが、無作為に優しさを求めてホスト(男性の場合は風俗やそれこそ売春、またはガールズバーやキャバクラ)などに癒してもらおうとするのは、精神病の所為ではない. それは、本人の浅はかな決断が生んでしまうものでしかない (それを言ってしまえば売春に走る女性全員も同じだろうと思うかもしれないが、それは違う. "経済的な事情"というものを忘れてはいけない. 確かに精神病を患っている人間の多くは金銭感覚がおかしくなるが、それでもトチ狂ったようなことはしない). 

 

仁藤夢乃は、活動している内容自体は賞賛に値するが、思慮が足りていない. そして批判を浴びやすいのは、その思慮の足りなさ故に、この問題から日本全体を否定して売春問題を過剰に大きくしてしまうことが多々見受けられたり、反日極左的な発言を行うためであろう. それと、まともに統計などを取ることもなく、憶測だけで全てを決めつけてしまう所にも問題がある. だから、「秋葉原では2m間隔で少女の身売りが行われている」などという適当なことが言えるのであろう. さらに、複雑な背景を切り取って話を進める所為で、余計に人々の反感を買っている. このまま放っておけば、大阪の、信じられないくらい浅薄で出来の悪い脳みそを持つ、上西なんちゃらとかいう無能議員と同じ道を辿ることになり兼ねない (まぁ、上西に関してはまず唱えている政策そのものが彼女の頭の悪さを物語っている上に、他人のため、国民のためではなく自分のことしか考えていない政界の癌のような女であるため、仁藤夢乃とは本質的には違うが).

 

このような状況を打破するために、彼女にはもっと「建設的な議論」と「問題の本質を見抜くこと」ができるようになることを切に願う. 

このままいくと、ただ「私こんなことしてる、考えてる、偉いでしょ」と悦に浸りたいだけの可哀想な女性で終わってしまう.

 

 

 

*1 仁藤夢乃はそれが大きな社会問題であると述べている. そこには同意するが、彼女の主張には誤謬もある. この種の少女たちは純粋に好きなことを仕事としてやっている感覚なのであり、我々が想像するより遥かに売春行為に対する考え方が特殊である. 彼女たちはあくまで性行為そのものに悦びを覚えているのであり、「お金を貰えるのなら一石二鳥」という風に思っている. お金を稼ぐために体を売っている売春とは次元を異とするものである.